建物

絵画  油彩画 / 昭和以降 / 日本 

松本竣介 (1912-1948)
まつもとしゅんすけ
1945(昭和20)年頃
油彩・紙
37.9×45.5
額装

 太平洋戦争を間近にひかえていたちょうどそのとき、松本竣介は美術雑誌に「生きている画家」を寄稿した。その内容が、統制に屈することなく、表現の自由を主張したものと解釈されるがために、竣介は反戦の画家として扱われることがある。
 しかし、彼が主張したことは、概念的な理性のみでわかったような気になる美術家たちを戒め、置き去りにした「感性」の復活と継続を主張したにすぎない。十三歳の時に聴覚を失った彼は徴兵されず、戦中は貧困と孤独のなかで制作を続けた。だから戦争が終わっても「思想的には無傷の俺」と言わしめたが、肉体は衰弱を極め終戦の三年後、わずか三十六歳でこの世を去った。最近エックス線でこの作品を調査したところ、下の層から「Y市の橋」という、竣介が何度も取り上げた代表作シリーズのひとつが見つかった。竣介の自画像ともいえるこの橋と、その上に塗り込められた抽象の「建物」。さまざまなドラマを感じさせてくれる。(田中善明)

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