絹本著色不動明王三童子像 けんぽんちゃくしょくふどうみょうおうさんどうじぞう

絵画 / 鎌倉

  • 鎌倉
  • 1幅
  • 重文指定年月日:19900629
    国宝指定年月日:
    登録年月日:
  • 清水寺
  • 国宝・重要文化財(美術品)

 縦三メートル近い大幅の不動明王画像である。波の荒立つ海中の岩坐に立つ不動明王を中央に描き、その向かって左側に倶利迦羅龍王、不動の下方両側に寄り添うように立つ三人の童子を表している。
 不動明王には、矜羯羅【こんがら】、制〓迦【せいたか】の二童子が伴うものが最も多いが、亮禅撰『白宝口鈔【びやくほうくしよう】』(鎌倉時代後期)には、不動明王の眷属としてこの二童子のほか、蓮華童子をあわせた三童子が説かれており、作例では、五坊寂静院本、楞厳寺本、萬徳寺本(いずれも重要文化財)が知られ、『白宝口鈔』以前にも、白描図像の仁和寺本(重要文化財)、石山寺本倶利迦羅三童子図像がある。
 本図の描写では、肥痩の強い雄渾な墨線で表された衣文線や、金泥で描かれた鮮麗な着衣の文様などが目をひく。このような表現は、鎌倉時代後期から南北朝時代の作品にしばしばみられるが、本図の制作期は、その間にあって、鎌倉時代後半に置かれよう。
 文永、弘安の役に際して、全国の寺院で不動明王を本尊とする仁王経法や不動法が修されるなど、蒙古調伏を目的とする不動信仰の高揚がみられることを考えると、本図のような大幅画を生む動機がそこにあったことを想像することも可能であろう。
 比較的保存の良好な大幅画である点もさることながら、不動明王の正面を見据えた迫力ある描写や、火炎頭髪、不動明王の持つ羂索などを靡びかせ、強い風をあらわす動的な表現など、その筆技には優れた点がうかがえる。
 なお、表具裏および箱蓋裏には、昭和七年に、長崎の「某家」にあった本図を、有志者八人が醵金して清水寺に寄進した旨が記されている。

絹本著色不動明王三童子像

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