絹本著色阿弥陀聖衆来迎図 けんぽんちゃくしょくあみだしょうじゅうらいごうず

絵画 / 平安

  • 平安
  • 1幅
  • 重文指定年月日:19970627
    国宝指定年月日:
    登録年月日:
  • 浄厳院
  • 国宝・重要文化財(美術品)

 来迎図は浄土教絵画のなかで浄土変相(当麻曼陀羅などの)とならんで最も重要なジャンルであり、これまで平等院鳳凰堂壁扉画をはじめとして、平安時代から南北朝時代に及ぶ作品を指定してきている。これらの来迎図は描かれた尊像構成や構図から分類することが可能であるが、阿弥陀如来と複数の菩薩衆(聖衆)が対角線状に来迎するさまを表した斜め構図の阿弥陀聖衆来迎図はひとつの典型をなし、鎌倉時代に非常に流行しその遺品も少なくない。しかし、平安時代における遺品は長谷寺本のほかは、金剛証寺蔵経塚出土鏡像二種が挙げられるほどであり、その点でも本図は貴重な遺例である。
 本図の阿弥陀如来は片足を踏み下げ、垂下した左手の掌を前に向けて指を上に立てるという特殊な姿に表される。両手の印相は阿日寺本に等しく、片足を踏み下げる例は安楽律院本ほかの例がある。しかし、本像と手足の形勢を合致させる例は鎌倉時代後期にまで降り、埼玉・勝願寺本など複数の作例が近年逐次紹介されて関心をもたれている。
 聖衆は一一体あり、観音以下声聞形を含む前方の六体と、奏楽しつつ後に従う五体とに分類できる。観音は最前方で豪華な蓮華座を捧げ持つ。観音のすぐ後方の菩薩はその位置から勢至菩薩と推測されるが、施無畏・与願の印を結ぶという他の来迎図にはみられない表現である。本図がやがて定型化する以前の来迎図の古態をとどめていることを思わせる。その後ろに左手に経冊を載せるらしき菩薩と合掌する菩薩が続くが、それぞれ文殊・普賢に相当するとみられる。阿弥陀の左側には声聞形が二体あり、宝珠を持つ地蔵菩薩とさらに合掌する菩薩は龍樹【りゆうじゆ】菩薩であろう。以上の菩薩に弥勒を加えれば、源信の『往生要集』臨終行儀の段に説かれている菩薩の構成に一致することが注目されている。後方の奏楽菩薩は、ある者は唇の間から笑みの歯をのぞかせるなど、のびのびとした表現を見せる。
 画面右下には館が表されている。おそらく、阿弥陀聖衆が迎接する往生者がいるのであろうが、本紙が傷んでいて確認できない。往生者が描き込まれた掛幅画としては、本図が最古の例である。
 本図は本紙の損傷が甚だしく、画面上方に置かれた色紙形も当初の位置を確定できない。しかし、主尊をはじめ諸尊は流暢な線描によって伸びやかに象形され、如来の衣や光背に用いられている截金の表現も柔らかく古風である。菩薩の表情は西禅院蔵阿弥陀浄土図中に描かれた菩薩や、奈良国立博物館蔵牛皮華髪の迦陵頻伽の表情に近似し、截金の趣は奈良国立博物館蔵千手観音像に近い。画面が小さく簡略な作風であるためにその制作期を確定することは困難であるが、以上の諸例や図像の特異さをも勘案すると十二世紀の前半までさかのぼることは確かであろう。
 斜め構図の阿弥陀聖衆来迎図の最も早期の作例として、仏教絵画史上重要な意義を本図は有しているが、それのみでなく、その軽妙で潤沢な画風は平安時代の高い芸術性を伝えるものとして尊重されよう。

絹本著色阿弥陀聖衆来迎図

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