蒔絵の主要な技法は漆液で文様を描き、金粉を蒔くものであるが、その際に用いる蒔絵筆は、仕上りを左右する貴重な用具である。蒔絵筆は粘りのある漆液で描くため、穂先を含めて全体に強い弾力があり、漆液の含みが良く、かつ、漆液が滑めらかに流れ落ちるという性能が求められる。
蒔絵筆の材料の吟味は厳しく、鼠や猫の毛を用いるが、特に上質のものは、土蔵の米倉などに棲む鼠の首から腰にかけての背筋の毛から選ばれる。蒔絵筆の製作は、まず、繰り返し損毛を除き、癖毛を修正し、穂の形を整え、糸で堅牢に括【くく】るなど十数工程に至る入念な作業が行われる。蒔絵の技法に応じて、蒔絵筆の種類は多く、本根朱筆【ほんねじふで】をはじめ数多くのものに分かれる。
複雑な蒔絵技法を熟知するなど、蒔絵筆製作技術の修得には長い経験を要するため、後継者が少なく、現在、全国で三軒ほどの技術者が存在するのみである。高度の漆工及び文化財保存修理には優れた蒔絵筆が不可欠であり、その保存策は緊急を要するものである。