『恵慶集』は、平安時代中期の歌僧として著名な恵慶(生没年未詳。十世紀後半頃の人)の家集で、本帖は上帖のみではあるが、藤原定家の書写になる新出の古写本である。
体裁は綴葉装の舛型本で、銀小切箔散しの原表紙の中央に藤原定家筆にて「恵慶集」と外題がある。料紙は斐紙、内題はなく、本文は「はしめのはる」以下、半葉九~十行、和歌は一首二行書きに書写している。本文の書写は二筆からなり、首より第二一丁表一行目までは、その筆致から藤原定家晩年の筆になるものと認められ、それ以降は伝民部郷局筆と伝えられるものと類似する。文中、墨書訂正、集付等の書入れがあるが、これらの訂正、書入れは藤原定家の手になるものと認められる。現状、一部に錯簡と脱落があるが、これは江戸時代前期に本帖を模写した宮内庁書陵部本でも同様であり、江戸時代以前に生じたものである。
『恵慶集』の伝本は、流布本系統の二冊本と古本系統の一冊本の二系統に分類されるが、流布本系統は定家本系統とも呼ばれ、藤原定家本を祖本とするもので、この冷泉家本はその上巻の祖本にあたる。定家本の下巻は現在石川県の越桐弥太郎氏の所有で既に重要文化財に指定されているが、その帖首にある定家の識語では、この下帖を書写した際に、そこに載せられていない恵慶の歌が多いことを不審であるとしているので、この冷泉家本の上帖は、下帖書写より後に書写されたものであることが知られる。この冷泉家本により、流布本系の祖本が上下そろったことになり、国文学研究上に注目される。