各檜材の寄木造り、玉眼嵌入。菩薩像の腰を左に捻り右膝をゆるめて立つ姿は、胸や腰が厚く、しかも均衡がよく堂々としている。両頬の引きしまった張りのある頭部や抑揚に富んだ体躯の肉取り、あるいは繁雑に陥らず、ゆったりと刻んだ衣文のさばきなどには鎌倉初期の堅実な巧技がみられ、円応寺初江王【しよこうおう】像(一二五一)、高徳院阿弥陀如来像(一二五一)などにはじまる鎌倉地方の諸像に先行する作品といえる。地蔵像もその表現は菩薩像と類似し、ほぼ同時の制作と認めてよく、ともに鎌倉地方におけるこの期の彫刻の数少ない好作例の一つとして貴重である。なお満願寺は鎌倉幕府の有力な武将三浦氏の居城である衣笠城址に近く、その一族佐原義連が創めたとある。