大洞貝塚 おおほらかいづか

史跡

  • 岩手県
  • 大船渡市
  • 指定年月日:20010813
    管理団体名:
  • 史跡名勝天然記念物

 東北地方北部の太平洋岸には変化に富んだ雄大なリアス式海岸が発達し,特に三陸海岸は豊かな漁場としても有名で,その中央部に大船渡湾が位置する。大船渡湾は北方の内陸に向かって大きく湾入し,自然の良港・漁場となっている。その沿岸には16カ所の縄文時代の貝塚が分布し,湾口部東岸の蛸の浦貝塚と西岸の下船渡貝塚は昭和9年に史跡指定されるなど,この地域は貝塚密集地としても全国に知られている。
 本貝塚は,湾奥の東岸に位置する縄文時代晩期の貝塚であり,後ノ入川が形成した扇状地の南東から舌状に張り出した標高31mの丘陵を中心に立地する。貝層は,舌状台地の北と南の緩斜面にそれぞれ2ヵ所ずつ分布している。大正14年に東北帝国大学が発掘調査し,各地点の貝塚はA・A',B,Cとアルファベット順に命名され,それぞれから出土した土器を標識にして縄文時代晩期全般の編年を示す大洞B,B-C,C1,C2,A,A'式と呼ぶ土器の諸型式が設定された。この諸型式は,東北地方から北海道南部を中心に広く分布し,この遺跡が標識遺跡となっている。また,貝塚は良好に保存され、優れた骨角器や多くの食料残滓が出土し,この地域の漁労の実態をよく示している。
 大船渡市教育委員会は,本貝塚の重要性を認識し,遺跡の保存を目的に平成6年度から範囲・性格を確認するための発掘調査を継続して実施してきた。
 本貝塚は,南北緩斜面に貝塚が形成され,台地頂部の東側に墓域があり,西側の貝塚に囲まれて居住域が広がっていたと推定される。それらを中心にして,さらに広い範囲に晩期の遺物が包含されている。貝層は,厚いところで1m近くに発達する。B地点貝塚の分析結果では貝類は圧倒的にアサリが多く,ほ乳類はニホンジカ・イノシシを主体とし,魚類はカレイ科・アイナメ・サバ属・マフグ科・スズキの順に多くの骨が発見され,鳥類はガンカモ科・ウ科などがわずかに知られる。
 出土遺物は,晩期を中心とした多くの土器,石鏃・石錐・石匙などの石器,釣り針,骨鏃,組み合わせ式を含めたヤス類,燕尾形などの銛頭類,骨篦などが出土した。また,石鏃装着の根挟み,穿孔されたヒトの切歯,ヒスイ製などの玉類,土偶,ボタン状土製品なども発見されている。
 本貝塚は,東北地方北部の太平洋岸に発達した大船渡湾貝塚群を代表して当時の生業,生活の内容を典型的に示すと共に学史的にも縄文時代を代表する遺跡であり,きわめて重要である。よって史跡に指定して保護を図ろうとするものである。

大洞貝塚

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