獅子頭は楽舞や行道・神幸の先導者である師子役の用いる仮面で、正倉院宝物伎楽面中の九面を最古例とするが、実際に激しい動きを伴って使用されるものだけに傷むのも早く、古い遺品は少ない。これまで重要文化財に指定されているのは奈良・法隆寺の二面(平安時代)、広島・丹生神社(正安三年・一三〇一)および奈良・東大寺(室町時代)の三件に過ぎない。
本面はこの種の遺品中、大型の作で、檜材を用い、構造は頭部が上半左右二材、下半は両側各一材を寄せ鼻部等を矧ぎ足し、下顎部は左右二材を矧ぐ。舌・両耳を別材製とし、上下歯の噛合せ面に鉄板を取り付ける。表面は現状は黒漆塗(後補)。
作風的には弘安三年(一二八〇)銘の三重・伊奈冨神社の一面に近いが、鼻先が太短く奥行が前後につまったかさ高な全体の形に特色がある。太い眉、見開かれた眼、肉厚の口唇など大振りの目鼻立ちのうねりの強い形と頬やこめかみの隆起する筋肉の表現には生彩があり、その雄偉な造形は鎌倉時代のこの種遺品を代表するに足る。当社は正元元年(一二五九)頃、天神宮塔勧進が行われ(螺鈿勧進帳軸木銘)、本面はこうした造営機運のなかで制作されたものであろう。上顎内面の正平十年(一三五五)の修理銘は延宝七年(一六七九)再修理の際の重ね書きと見られるが、本面制作がこれよりかなり遡ることを示すものである。
附指定の獅子頭と鼻高面は共に正平十年の造立銘をもつもので、本面修理に合わせて新造されたものと考えられる。南北朝時代の基準作として貴重なものである。