九州の福岡・佐賀・長崎の三県には浮立(ふりゅう、ぶりゅう、ふうりゅう)と称される風流系の芸能(煌びやかな服装で仮装して歩き、囃したてたり、歌い踊ったりして練りまわる形態)が県内各地に伝承されている。佐賀県伊万里市の府招の浮立は、数多い浮立の中でも踊りを主とした踊浮立の代表的なものである。
府招の浮立は、毎年十月十日当地の愛宕権現社境内で行われる。由来や来歴を明示できる資料は少ないが、この芸能で使用する鉦には文政五(一八二二)年や嘉永六(一八五三)年の銘があり、江戸時代からの伝承が確かめられる。また、現在では、秋の収穫時に豊年感謝の意味で行うとされているが、当地に伝わる記録によれば、雨乞・晴天祈願、疫病退散などのために必要に応じて随時演じられていたようである。
この芸能は、愛宕権現社へ向かう道中、神殿前の広場、その広場に面したお堂(籠り堂)内で演じられる。当日、それぞれの衣裳を着けた一行は、神社の参道に通じる公民館の前に整列し、笛、大太鼓、小太鼓(もりゃーし)、鉦を奏し、銭太鼓を持った数十名の女児は踊りながら神社へ向かう。境内では、行列は二つに分かれ、女児は、広場を廻り、太鼓方などは一段高い社殿の周囲を廻りその後、広場の中央に大太鼓を据え、笛、小太鼓等はその周囲の席につく。
まず、全ての演目の開始に先がけて「御神【ごしん】」が演じられる。これは、広場の中央に据えられた大太鼓を一人の舞人が打ちながら踊るもので、この演目だけに使用される「バチ」が厳粛に舞人に手渡される儀式がある。「御神」の演目の後に大太鼓、笛、小太鼓、鉦もお堂の中に移された後、堂内を舞台にして演じられる。府招の地域に伝承される演目は「御神」を含めて三十三演目とされる。近年では大正五年、昭和二十四年に全曲が上演されたが、現在では、上演時間や練習時間等の都合でこのうち十番程度が演じられているのみである。
この府招の浮立は、踊浮立の代表的なもので、整った形態を伝承しているが、年々衰退しつつあるので記録作成が必要である。