日本仏教の各宗祖の中で、日蓮ほど自筆の文書を多数遺している例はない。それは日蓮が法華経信奉者であり、釈迦直伝の弟子と自認していただけに、彼の死後、釈迦滅後の仏弟子たちによる仏典結集の例にならい、日蓮の弟子たちが日蓮の遺文の蒐集につとめ、それを日蓮に代るものとして代々護持してきたことによる。それらを今日多数所蔵しているものとして、昨年法華経寺(千葉県)と大石寺(静岡県)の分が指定されたが、今回はそれ以外で重要と思われるものをとりあげた。「諸人御返事」は、弘安元年(一二七八)春鎌倉幕営中で日蓮の一門と他宗とを討論せしめようとの計画がある旨風聞した弟子が、身延の日蓮に急報したのに対し、かねての所願といたく歓喜してしたためた返書である。年記があり、首尾完結して比較的短章な点も注目される一通である。「神国王者」は、国家の盛衰は教法の邪正と密接な関係があることを詳論したもので、かの立正安国論述作の思想的背景を知るべきものとして重要視される。