江戸
松村月渓(1752~1811)は、天明元年(1781)の三月、最愛の妻を事故で亡くし、この年の秋、思い出多い京都を離れて、摂津池田に居を移した。そして、その翌年、姓を呉、名を春と改めて心機一転をはかる。本図はそれからほどなくの制作と思われる。
青緑山水図
呉春(松村月渓)
芋畑図
月竹図
呉春(松村月渓)・玉潾