東晋の書聖、王羲之(三〇三?~三六一?)の書簡を唐代に双鉤塡墨の技法で写した模本である。内容は、戦乱により先祖の墓が荒らされた深い悲しみを記す。一行目に「喪乱」の字が見えることから「喪乱帖」と名付けられている。「帖」とは法帖、習字の手本のことである。王羲之の真筆は現存せず、双鉤塡墨による唐代の精巧な模本が日本に四点、中国に四点、米国に一点、計九点が現存するのみであり、古来珍重されている。
日本には奈良時代に遣唐使によってもたらされ、聖武天皇遺愛品として東大寺に献納、また「延暦勅定」の朱印が捺されていることから、桓武天皇の御覧に供したことが知られる。のち東大寺から流出、後水尾天皇から後西天皇を経て、妙法院堯恕法親王に与えられた。明治十三年(一八八〇)、妙法院から皇室に献上されている。
喪乱帖は、現存する王羲之書の精巧な模本九点のなかでも、もとの書簡を書いた年代が永和十二年(三五六)と確かであること、文章としてまとまった内容であること、模写の技法が優れていることなどにより、第一級品とされ、書道史上たいへん貴重である。