銅色絵太平楽置物 どういろえたいへいらくおきもの

工芸品 金工

  • 海野勝珉
  • 東京都
  • 明治 / 1899年
  • 銅を主体とし、各部分を鍛造により成形し、細部に彫金を加えて装飾した後に組み合わせ、舞楽太平楽の演者を表した置物である。装束の各部を細密かつ装飾的に表現する点が大きな特徴である。配合の異なる数種の四分一や赤銅、真鍮など様々な合金を用いて、多彩な色合いを表現している。また、肉合彫りや象嵌、片切彫りといった複数の技法を組み合わせる。彫金は細密を極め、装束の文様や質感を限りなく実物に忠実に再現しようとする意図が認められる。また、本作品の金色を呈する部分のほとんどは、電気鍍金の技法を用いられており、西洋由来の新しい技術を積極的に取り入れる姿勢が窺える。
     また、立体作品としての人体のプロポーションや、衣装の襞や量感にも細心の注意が払われている。とりわけ顔部分には、塑像原型によるものと思われる微妙な凹凸の抑揚表現が見て取れる。置物としての作品形式を採りながらも、西洋彫刻的な立体表現を為し得ている点が特筆される。
  • 高46.0 幅21.0 奥行42.0
  • 1軀
  • 東京都千代田区千代田
  • 重文指定年月日:20240827
    国宝指定年月日:
    登録年月日:
  • 国(文化庁)
  • 国宝・重要文化財(美術品)

 一九〇〇年開催のパリ万国博覧会へ出品するため、宮内省の依頼により、海野勝珉(一八四四~一九一五)が製作した作品。銅を主体とし、各部分を鍛造【たんぞう】により成形し、細部に彫金【ちょうきん】を加えて装飾した後に組み合わせ、舞楽【ぶがく】太平楽の演者を表した置物である。
 この作品は、装束の各部を細密かつ装飾的に表現する点が大きな特徴である。配合の異なる数種の四分一【しぶいち】や赤銅【しゃくどう】、真鍮【しんちゅう】など様々な合金を用いて、多彩な色合いを表現している。また、肉合彫【ししあいぼ】りや象嵌【ぞうがん】、片切彫【かたきりぼ】りといった複数の技法を組み合わせるなど、海野が若年の頃より身につけた伝統的な装剣金具の技法が発揮されている。彫金は細密を極め、装束の文様や質感を、限りなく実物に忠実に再現しようとする意図が認められる。海野は宮内省の楽人をモデルに、画工を伴って詳細なスケッチを行っており、その成果が活かされている。また、本作品の金色を呈する部分のほとんどには、電気鍍金の技法がもちいられて、西洋由来の新しい技術を積極的に取り入れる姿勢が窺える。
 また、立体作品としての人体のプロポーションや、衣装の襞や量感にも細心の注意が払われている。とりわけ顔部分には、塑像原型によるものと思われる微妙な凹凸の抑揚表現が見て取れる。置物としての作品形式を採りながらも、西洋彫刻的な立体表現を為し得ている点が特筆される。本作の十年ほど前に作られた、銅色絵蘭陵王【らんりょうおう】置物(重文)にも見られる写実的な立体作品を目指す傾向が、さらに強まっていることが指摘できる。
 製作に当たっては、宮内省からあらかじめ製作費が支給され、二十数名の助手を使い、完成まで二年を要している。当初は額装の風景を題材とした作品が計画されていたが、皇室とゆかりの深い舞楽を主題とする本作に変更された。宮内省に納品された後に一旦製作者に下賜され、海野本人の名義でパリ万博に出品することを許されている。万博から持ち帰られた後には御物として皇室に蔵された。
 この置物は、海野勝珉が培ってきた伝統的な彫金・鍛金技法のすべてを駆使し、かつ新しく流入した技術や西洋美術の様式を取り入れて製作した、円熟期の集大成である。さらには、この時代に工芸家が博覧会という場で、日本の文化的優位性を諸外国へ印象づけるための表現を追い求めた時代を象徴する作品であると言うこともできる。

銅色絵太平楽置物

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