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飛行する蒸気機関車
A Flying Steam Locomotive Engine
1969年
油彩・麻布
181.0×238.0cm
1969年 第9回現代日本美術展
中村は1950年代に立川基地問題そのほか政治的、社会的現実を主題として、クローズアップと誇張された遠近法の組み合わせ、あるいはモンタージュなどシュルレアリスムの手段を取り入れて描いており、それらの作品は物語的、挿画的性格が強く、彼が本来グラフィックな画家であることを示している(東京国立近代美術館にある《基地》〔1957年〕もそのひとつ)。こうした性格は1960年代に入って政冶的な主題から離れてからも一貫しており、その作品にしばしば登場し一種偏執的な愛着をもって書き出す飛行機、機関車、セーラー服の女学生、望遠鏡などをモチーフとして現代の荒涼とした心象風景を描いている。
中村の場合、なぜ荒涼としているかといえば、そこには日常的な秩序―実はこれ自体がまやかしなのだが―の転倒がみられるからである。本作品でいえば、遠ざかっていくはずの機関車が、いつのまにか近づいてきて、しかもそれはまるでオモチャにしかみえない。車中にちょっと幽霊のようなセーラー服の女学生がいるが顔は見えず、またよく見れば画面右下にそうした女学生の断片が、垣間みえる。ようするに、部分と全体との関係が意識的に崩され、結局のところこの女学生は、私たちに見えているようで見えていないことになる。そして、こうした転倒した印象をなによりもまず強めるのは、映画の看板絵のようなマチエールである。