中尊寺金色堂 ちゅうそんじこんじきどう

建造物 宗教建築 / 平安

  • 岩手県
  • 平安後期 / 1124
  • 桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、本瓦形板葺
  • 1棟
  • 岩手県西磐井郡平泉町平泉
  • 重文指定年月日:18971228
    国宝指定年月日:19510609
  • 金色院
  • 国宝

中尊寺金色堂 一棟

 中尊寺は、藤原清衡が後三年の役後に造営を始め、長治二年(一一〇五)に最初院、嘉承二年(一一〇七)に二階阿弥陀堂を建て、清衡晩年の天治元年(一一二四)に金色堂を完成した(棟木銘)。金色堂は清衡の歿後、四大にわたって藤原氏の墓堂となり、内陣中央須弥壇内に清衡棺、両脇外陣奥の須弥壇内に基衡、秀衡の棺と四代泰衡の首級を合祀する。関山の山上・山下に栄華を誇った創建伽藍は、建武四年(一三三七)に金色堂と経蔵を残し火災で焼失した。
 金色堂は小規模な一間四面堂で、構造は丸柱上の組物に平三斗、中備に本蟇股を用いた簡単な形式とし、軒は反りの強い二軒の角繁垂木、宝形屋根には類例の少ない木瓦葺を用いる。堂は縁側から軒先に至る内外すべてに黒漆を塗り、金箔を押す。
 内陣の四天柱、長押、組物には豪華な沃懸地螺鈿の宝相華唐草文を飾り、四天柱には蒔絵の菩薩像を描き、仏壇全面を彫金、鋳金、鍛金による飾金具で覆うなど、漆芸・金工による建築装飾の粋をつくしている。また三仏壇蔵に安置される阿弥陀三尊、六地蔵、二天各像をはじめ、天蓋や礼盤・磬架・案・華鬘などの荘厳具一式まで創建時のままに残され、美術史上の価値もきわめて高い。なお、内陣四天柱には、八角形の心木に八枚の材を打ちまわす巻柱のめずらしい手法がみられる。
 建立後まもなく軒下に霧除けを、鎌倉時代に覆堂を設けたために、保存状態はきわめて良い。

【引用文献】
『国宝大辞典(五)建造物』(講談社 一九八五年)

中尊寺金色堂

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