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その他 / 明治  大正 / 近畿 

和歌山県
明治末~大正
和歌山県田辺市・西牟婁郡白浜町・西牟婁郡上富田町・東牟婁郡串本町
指定年月日:20151007
管理団体名:
史跡名勝天然記念物

植物学・民俗学・博物学の分野で世界的に著名な南方熊楠(みなかたくまぐす)(1867~1941)は,近代日本の風景の保護に先駆的な役割を果たした。南方は生物間の多様な相互関係を表すエコロジー(生態学)に注目し,広く古跡・宗教・民俗・風景(勝景)等の観点から,地域社会の関わりも視野に入れた自然生態系の保護の重要性を主張した。特に明治末期から大正期にかけて急速に進んだ神社合祀(ごうし)政策への反対運動に取り組む中で,「わが国特有の天然風景はわが国の曼陀羅ならん」と述べ,特有の天然風景に潜む森羅万象(しんらばんしょう)を真言密教の本質を示す「曼陀羅」になぞらえ,多様な生態系に基づく風景美の発見に新たな視点をもたらした。その世界観・風景観は,後に南方熊楠の研究者らによって「南方曼陀羅」として普及した。南方曼陀羅の風景地は南方熊楠が将来に残すべきだとした神社境内の神林,島嶼(とうしょ)・海浜・峡谷・山岳等の景勝地から成る。それらは,地域社会が育んだ熊野・南紀地方に独特の地形・植生から成る「特有の天然風景」及び南方の死後に市民の保護活動を通じて南方の風景観の継承の場となった景勝地であり,一体の風致景観として観賞上の価値及び学術上の価値が高い。今回はそれらのうち条件の整った13か所を指定する。

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