冬瓜茄子之図

絵画  日本画 / 大正  昭和以降 / 日本 

岸田劉生 (1891-1929)
きしだりゅうせい
1926(大正15/昭和1)年
絹本着色
37×50.6
額装

 岸田劉生の東洋画趣味は当時にかぎらず現在でも多分に異端者的にユニークなところがある。いったい東洋画といえばなにより気韻生動ときてそれとともに水墨や文人画を、いわゆる南画をおもいだすのがほとんど常道みたいなときに、かれは北画の優位を断然主張してゆずらなかった。雑誌『改造』によせた「宋元の寫生畫」のなかで、そんなことはわかりきったことなのにと不審にとんがった口調で劉生はいいつのっている。「支那の畫にはその水墨画よりももっと眞の「畫」として造形藝術としての意義の深い寫生畫(花鳥、動物、果物野菜、等)の一境のある事を等閑にするのは眞に支那の藝術を解するものではない。」なるほど。
 ようするにこれは、デューラやファン・アイクにしびれっぱなしだった劉生が、そこでつかんだ技術の魂を持って東洋画の大地へみごとに着地したということを意味している。転向などではない。この姿勢はまったくの自然体とみえ、よってもって徽宗皇帝や錢舜擧をはじめとする名手の花鳥や静物は劉生のつよい光にてらされて、現実をこえた深い神秘感をあきらかにすることになった。
 しかし劉生のすごさはじつはこのさきにあった。口のわるい批評家などには劉生なんかただものまねがうまいだけだと一蹴されかねない「模倣」の天才ぶりに。この《冬瓜茄子之図》にしても、宋元の名画に刺戟されたとき、劉生の想像力/創造力がどんなぐあいにはたらくかのまたとない証言でもある。
 一体輪廓線を生かして、その輪廓の中に彩色を平たく塗ると、その感じは変に強い稍厚い感じが出る。その感じは変にミスチックな感じを呼び興し、その神秘感は、輪廓線の實物感によって、質の感じを聯感させる。即ち、質の美といふものは、物質感の持つ神秘的美感であつて、輪廓線によつて、それが爪なら爪といふ感じが描いてある中に、爪の色をべたりと平らにぬる時はその平らに塗った色彩の神秘性が、輪廓の實物感によって實質の神秘感として生かされるのである。
 影をもたない冬瓜と茄子がひっそりと「どこか」にうかんでいる。そのどこかはバッハのフーガの技法の最終音符のあとにひろがったまっしろな空白のようであり、あるようなないような虚無縹渺にどこまでも余韻にひびかせる。(東俊郎)

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