佐藤一斎墓 さとういっさいのはか

史跡

  • 東京都
  • 港区六本木七丁目
  • 指定年月日:19490713
    管理団体名:
  • 史跡名勝天然記念物

 佐藤一斎は幕末の鴻儒であつて、その言志録は広く世に行われている。始め岩村藩に仕えのち林家の塾頭となり、ついで擢んでられて幕府の儒員に列し、名声大いに振い門下始んど3千人と称せられた。安政6年9月24日昌平坂学問所の官舎に卒し、深広寺に葬られた。
 三重の台石上に高さ4尺8寸6分、幅1尺3寸3分、奥行1尺3寸1分、頭部櫛形の棹石を立て正面に「惟一先生佐藤府君之墓」と刻し、両側及び裏面に亘り、若山極撰、市河三鼎の書にかかる碑文が彫られている。

佐藤一斎墓

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