本図は中央に弥勒菩薩像を大きく表し、画面四隅に蓮台上の種子【しゆじ】(梵字)を配している。
弥勒像は定印を結んだ両手の上に宝塔を載せており、光背には兜率【とそつ】王宮の数と等しい四九体の化仏を配している。このような図像は主として『慈氏菩薩略修愈〓念誦法』巻下によっているが、『四家鈔』や『弥勒菩薩図像集』など図像類以外に本格的な画像は知られておらず、この点でも本図の存在価値は高い。
本図四隅の種子は金剛界内供養四菩薩(金剛嬉戯・歌・舞・鬘)とみられ、弥勒菩薩を中心に四隅に内供養菩薩を配した一種の曼荼羅をなしているともみられる。このような曼荼羅の作例は知られていないが、『曼荼羅集』所載の弥勒曼荼羅中に弥勒菩薩を中心に四波羅蜜および内供養菩薩を一円相に描いた、『慈氏菩薩略修愈〓念誦法』巻上による曼荼羅が挙げられており、本図をこの曼荼羅から四波羅蜜を省略したものとみることもできよう。なお、『慈氏菩薩略修愈〓念誦法』巻下では「慈氏如来」と述べられているが、ボストン美術館蔵白描弥勒菩薩図像などは菩薩形である。
制作時期を確定することは、損傷の少なくない現状からは困難であるが、まるみをおびた頭部と肩の輪郭や、胸の広い豊かな上体の表現、条帛や裳における文様、截金による細やかな衣の襞や化仏の表現などは平安時代後期の遺品と様式を近くしており、おおよそ十二世紀とみることはできよう。表現の近い作例としては、ボストン美術館蔵千手観音像が挙げられる。
当初は濃彩と賑やかな装飾により豪華な画面であったことが知られるだけに、傷みが多いことが惜しまれる。しかし、種子を四隅に配した独特の図像、画面規模の大きさ、平安時代に遡る唯一の弥勒独尊画像であることなど、きわめて高い意義を本図は有している。