釈迦の涅槃場面を描いている本図には、画中沙羅双樹間に「明州江下周四郎筆」の墨書がある。「明州」という地名は至正二十七年(一三六七)末から洪武十四年(一三八一)まで用いられており、寧波府と同所である。残念ながら「周四郎」という画家については他に資料がないが、少なくとも本図が制作された地域と年代が知られる点で貴重である。
元時代の涅槃図として奈良国立博物館に陸信忠筆本が収蔵されているが、本図とは図様をかなり異にする。画面上方に摩耶夫人の一行を表すことは日本の諸涅槃図と共通するが、本図の特異な点として、仏を囲む涅槃会衆中に菩薩を含まないこと、沙羅林中に二羽の飛鳥を描いていることなどが注目される。
紙背に天文二十一年(一五五二)宮山金蓮寺に寄進された旨の墨書があるが、本図を所蔵する中之坊寺はこの金蓮寺の子院の一であった。