『新古今和歌集』の上帖のみの遺巻ではあるが、隠岐本の鎌倉期古写本として新出の資料である。
体裁は綴葉装。表紙は茶地金銀切箔銀野毛金砂子雲霞引き原表紙で、左肩に「新古今和歌集〈上/〉」と墨書外題がある。料紙は上質厚手の鳥ノ子紙を用い、本文は半葉七行宛に、和歌は一首二行書、詞書は歌よりおよそ二字下げに、温雅な中にも力強い書風で丁寧に書写されている。本書の構成は「新古今和謌集序」の首題以下、真名序、仮名序、隠岐跋、本文の順で、真名序のみは半葉六行で、この部分にのみほぼ同時代の朱句切点と室町前期の返点、傍訓等が付されている。本文は「新古今和歌集巻第一」の内題以下巻第十末までの上帖部分を完存する。本書はその編成を含め、所収歌が切継時代の写本にみえる隠岐切出の一九六首を除いて全七九三首によって構成されているところに特徴があり、この本が従来未見の後鳥羽院晩年の隠岐本系の古写本であることを明らかにしている。
本書は真名序を除けば、他本にみえる撰者名注記などの書入れ等がほとんどみられない清書本で、巻頭に余白二丁をおいて第三丁(オ)より真名序を書写する体裁等よりみて、後鳥羽院より禁裏へ納められたであろう「隠岐本」から直接書写された古證本である可能性が極めて高い。冷泉家本は下帖を欠くため奥書等は不詳であるが、料紙、筆跡等よりみて、後鳥羽院崩御の延応元年(一二三九)を程遠くない十三世紀中期ころを降らぬ書写本と認められる。