木造四天王立像 もくぞうしてんのうりゅうぞう

彫刻 / 平安

  • 大阪府
  • 平安
  • 4躯
  • 大阪府大阪市天王寺区茶臼山町1-82
  • 重文指定年月日:19870606
    国宝指定年月日:
    登録年月日:
  • 大門寺
  • 国宝・重要文化財(美術品)

 この四天王像四躯は、この寺の秘仏本尊である前項の如意輪観音像を祀る厨子外の四隅に安置されている。
 いわゆる三尺立像で、その大きさは坐高二尺ばかりの本尊の守護尊としてふさわしく、制作の時期もほぼ同じ頃、十二世紀前半と推定される。しかし、四天王像は、いずれも都での造像を思わせる洗練された作風を示しており、一木割矧造(一材で像の概形を彫り、一旦割放して内刳りを施し、再び矧合わせる)の技法にも手慣れたところがうかがわれ、本尊像と本来一具同作のものであるかどうか定かでない。
 各像の頭部が小さめで下半身の長いプロポーションや動きをひかえた躰勢、さらには両脚部の軽快なつくりは、康平四年(一〇六四)仏師長勢の作と考えられる京都広隆寺十二神将像(国宝)に近いところがあるが、躰躯はかなり量感を減じて、甲・衣の彫りが浅くなっているあたり、制作時期の下降を示すものであろう。また、広目天像の両眼を大きく見開き、口をへしめたユーモラスな表情は、平安時代後期の奈良興福寺板彫十二神将像(国宝)の中の真達羅大将像のそれに相通じる趣がある。
 四天王像は、仏法守護の尊像として、古くから信迎造立され、各時代を通してその遺品は少なくないが、平安後期の都風を示す四躰一具完存する作例は意外に少ない。この大門寺像は、中世頃に彩色を補われ、現状、矧目等の緩みがあるものの、後世の大きな改変はみられず、数少ない当代都作として高く評価される。

木造四天王立像

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