能登半島の先端部に位置する珠洲郡内浦町の当寺に本尊として安置される小金銅仏で、頭飾正面に化仏を表す左脇侍を観音とする阿弥陀三尊像として造立されたことも考えられるが、伝来の経緯等詳らかでない。
中尊は、前屈みに頭部を突出す姿勢で格狭間を刳り抜いた宣字座に坐り、膝上においた両手の左は掌を仰いで小珠を執り、右は伏せ、裾を左右に張った懸裳を正面に垂れる。宣字座下框から出る屈曲した長い茎をもつ八方二段の浅い蓮華座には、上躰をつよく後方に反らせた小ぶりの脇侍菩薩が立ち、瑤珞を添えた天衣を懸ける両腕の臂を躰側につけて屈し、いずれも右手には水瓶を執る。
正面性のつよい姿態や懸裳の図式的な意匠などに、古い形式を踏襲しつつ、目鼻立ちや褶襞は簡略な手法で表され、肉取りに柔軟さが加わるところから、製作は七世紀後半の比較的早い時期と考えられよう。各尊は、それぞれの台座を含めて蝋型により一鋳としており、鋳上がりは良い。中尊は、頭部までほぼ一センチの均一な厚みを示し、頸部背面に型持痕、頸部正面から胸の上部にかけてと宣字座正面に鋳かけの痕跡が認められる。脇侍はムクで、銅製の蓮茎の先が上躰まで長く包み込まれている。造像時の鍍金に至るまで保存の良いことも特筆される。