歴史資料/書跡・典籍/古文書 その他 / 平安 鎌倉 南北朝 室町 安土・桃山 江戸
大徳寺は京都・船岡山の北に位置する臨済宗大徳寺派の大本山で、宗峰妙超【しゅうほうみょうちょう】を開山とするわが国を代表する禅宗寺院である。元応元年(一三一九)に赤松則村【のりむら】(円心【えんしん】)の援助を受けて紫野に小庵を造立し、この小庵がのちの大徳寺の前身である。大徳寺は皇室との関係が深く、朝野の尊崇もきわめて厚く、寺領を寄進されて繁栄し、また南北両朝や室町幕府など時の政治権力との結びつきも緊密であった。
大徳寺文書は大徳寺本坊と諸塔頭に伝来した平安時代から江戸時代にわたる四二六七通に及ぶ古文書群である。内容は大徳寺の歴史を反映しているものの、単に大徳寺の沿革を物語るにとどまらず、洛中の所領や寺領庄園の具体的な種々相、武士の動向、朝幕関係など当時の社会、経済、政治を探る豊かな史料を示している。
現在、文書は①什物蔵に別置する文書、②重書箱に収められた文書、③未整理の膨大な文書、の三つに分けられる。今回は①のうち既指定品を除く文書および墨蹟類、②のすべて、③のうちいわゆる「箱外文書」のみを指定対象とする。
①は、歴代天皇の綸旨【りんじ】、院宣【いんぜん】、武家の禁制、朱印状などの重書【じゅうしょ】および禅宗寺院における嗣法関係文書である遺偈【ゆいげ】、二大字、法語などの墨蹟類からなっている。
②は、本坊に伝来した文書のほか大用庵【だいようあん】、養徳院【ようとく】、如意【にょい】庵、龍翔寺【りょうしょうじ】などの諸塔頭の文書が含まれている。諸塔頭の文書には、中世のある時期に文書目録が作成されている場合が多く、文書群の状態などについて把握できる。寺内文書には住持ら連署の壁書【かべがき】、規式などが見えるほか、大徳寺が中央や地方で獲得した土地、庄園の訴訟や経営に関わる文書が多数を占め、それらは室町・戦国時代の政治や経済に関する一級史料となっている。中には、『徒然草』の著者として知られる吉田兼好の田地売券、同寄進状が含まれている。また、地方に広汎な教線を広げた林下【りんげ】の禅風にふさわしく、室町・安土桃山時代の地方名門武家との密接な関係を示すものが少なくない。なお、中世における収納枡の遺例として注目される「枡之本」一箇が残されている。
③に含まれる絵図類に、西京安井保村龍翔寺敷地絵図がある。江戸時代中期の龍翔寺、嘉陽門院陵、紹明普光塔などの様子を描いたものとして注目される。
附の文書袋と文書箱は、文書の整理のあり方および保管方法の一端を今に伝えるものとして注目される。