律令制のもとで、戸籍は、戸を単位とした班田収授などのために、六年に一度作成された。この戸籍は、大宝2年(702)の年紀を持つ豊前国仲津郡丁里(現在の福岡県行橋市・みやこ町付近)の戸籍である。各戸の記載は、戸主を筆頭に置き、血縁関係の近い順に戸の構成員(戸口)が1行に1人ずつ記される。各戸口については、戸主との続柄、氏名、年齢、年齢区分などの情報が記載されている。紙面には朱印「豊前国印」が捺される。戸籍は44行分の記載が残る。右端の7行は某戸の最末部で、戸口数の統計と受給した班田の面積が記される。それに続くのが、川辺勝法師を戸主とする戸の記載で、後ろが欠失しているものの、残っている部分だけで37人の戸口がみえる。なお、戸籍の紙背には戸籍とは関係のない文書が記されている。これは戸籍の保管期限である30年を過ぎた後、写経所で裏面が事務帳簿に使用された際のものである。