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怒りの海
Sea of Anger
1953年
インク、コンテ他・紙
24.3×31.0cm
右下に年記、署名:''53.Ikeda.
1954年個展(養清堂)
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見張り(《禽獣記》シリーズより)
On Watch
1957年
インク、コンテ他・紙
26.5×36.5cm
右下に年記、署名:1957/Ikeda.
1985年 池田龍雄の世界展(池田20世紀美術館)
戦後、民主主義による新しい出発をしたはずの日本にとって、1950年代は、そこにはらまれていた諸問題が次々と噴出した時代であった。米ソ対立、朝鮮戦争という国際情勢の緊張の中、内灘、砂川などの米軍基地反対闘争、ビキニ環礁水爆実験で被災した第五福竜丸事件、労働争議等が立て続けに起こり、国内の社会情勢も激動した。政治と芸術両方のアヴァンギャルド(前衛性)を止揚しようとした「世紀の会」もこの状況下に分裂し、池田は社会変革に芸術の活路を見出そうとした。一つの方法論としてルポルタージュの問題が取り上げられ、池田もこの路線で作品を制作、発表した。
《怒りの海》は、基地反対闘争全国化の口火となった内灘の米軍試射場接収反対の事件に直接取材し、海を奪われた人民の怒りを直接的な寓意画として描いた。魚の頭部をした人物が、画面いっばいに描かれ、両手を引きつらせて怒っている。怒りの表情には悲しみすら窺える。池田はちょうどこのころペンによる初期クレー風の細密描写を始めており、プリミティヴな細かいタッチで、抗議のもととなる怒りを直接表現しえている。後のペン画の、もう少し対象から身を引いた社会諷刺的な作品(《網元》1953年など以降)に比較すると、その感情の表現は実にストレートである。
《禽獣記》シリーズは、動物の獣性に託して社会や人間性の諷刺を試みた連作で、《見張り》においては、二つの頭部を持った邪悪な犬が工楊の前に立ちはだかり、当時頻発した労働争議の体制側の手先の「犬」、官憲や会社経営者側の意志の比楡となっている。このころになると、ペンのタッチは長いものになり、より濃密な暗い画面となって、時代の雰囲気を良く伝えている。