『夜鶴庭訓抄』は、別名を『懐中抄』『夜鶴抄』とも称し、世尊寺流第六代、藤原伊行【これゆき】(?-一一七五)の撰述になる入木道【じゆぼくどう】の伝書【でんしよ】として知られ、後の『才葉抄』(藤原教長撰)等の故実書にも影響を及ぼした。
青蓮院本の体裁は粘葉装で、本文料紙共紙の表紙に「夜鶴庭訓抄〈伊経卿/〉」の外題を存し、料紙は押界を施した楮紙(斐交漉)を用い、半葉七行宛に書写している。「夜鶴庭訓抄〈伊経記之/〉」の首題に次いで「入木手ヲ書事ヲ申ス」として前書を記し、以下二二ヶ条を掲げ、本文末には文明元年(一四六九)十二月青蓮院門跡尊応(一四三二-一五一四)の感得記がある。
その内容は、冒頭に入木道に関する基本的な心構えについて触れ、草子書様、歌書様のほか、上表文、大嘗会御屏風の色紙形、内裏の額、御願寺の扉色紙形などの書様、硯、墨、筆などの文房具類、および戒牒、写経の書様のあり方について述べ、末に「能書人々」として、弘法大師、嵯峨天皇以下二二人の代表的な能書を列記し、あわせてその事跡を注記している。
『夜鶴庭訓抄』の古写本としては、従前、室町時代前期の書写になる書陵部本が知られているが、青蓮院本はその筆跡から南北朝時代の書写になる最古写本と認められる。青蓮院本は、外題および内題下の注記によって世尊寺第七代、伊経の系統本であることが知られ、八代行能の系統本である書陵部本とは若干の異同が認められ、書道史研究上に注目される。