『選択本願念仏集』は、浄土宗の開祖法然房源空(一一三三-一二一二)の撰にかかるもので、九条兼実の懇請によって作ることになったものといわれている。浄土教学上の最も重要な宗典で、その内容は『三部経釈』や『逆修説法』と密接に関係しており、他力本願を主張し、念仏門こそは末法の世にふさわしい法門であることを示そうとしたものである。その成立時期については異説もあるが、多くは建久九年(一一九八)三月とする。本文末尾に「而今不図蒙仰、拝謝無地、仍今憖集念仏要文、剰述念仏要義、唯顧命旨不顧不敏、是即無慙無愧之甚也」とあるのも、本書撰述に至る過程の一部を物語っている。
本書の体裁は粘葉装で、表紙に後補朱地菊牡丹唐草文金襴を装し、見返に金砂子散、その内側に金銀泥蓮池草花文旧表紙、見返に紫紙金銀切箔砂子霞銀野毛散を収めるが、これは昭和に入ってから発見された旧表紙の表と見返を相剥し、見返を扉状にしてここに収めたものという。この旧表紙はその意匠より元久元年当時のものではなく、鎌倉時代後期に加えられたものであろう。
本文料紙には楮紙打紙を用い、押界を施し、半葉七行、一行一六ないし一七字に書写されている。本文は首題「撰択本願念佛集」から尾題「選択本願念佛集」まで完存し、一六章段から構成されている。各章は篇目、引文、私釈からなり、篇目と私釈は一字下げとなっている。引文は、第一章の安楽集(道綽撰)以外すべて善導の著作と浄土三部経に依拠していることが知られる。本文には稠密に墨仮名・返点・合符が加えられ、まま墨校異や声点も付されている。これらはいずれも筆跡・墨色などにより書写当初の鎌倉時代前期に加えられたものと認められる。なお、墨仮名などの一部にみられる墨色・筆跡の明らかに異なるものは仮名字体より鎌倉時代後期に加えられたものである。
末尾の元久元年(一二〇四)十一月廿八日書写奥書は本文と同筆である。筆者名の部分は擦消されていて判読しがたい。書写奥書の奥に別筆で「元久元年十二月廿七日 源空(花押)」の証判奥書がある。
本書は元来知恩院に伝えられていたものであるが、応安三年(一三七〇)に知恩院第一二代住持誓阿普観が当麻往生院を創建するときに法然上人絵伝(重文、明治三十四年指定)などとともにもたらしたものである。
この往生院本は浄土宗の開祖源空の撰述後間もない元久元年の古写本として日本仏教史上に貴重であり、あわせて稠密に付されている訓点は国語学上にも重要である。