能装束製作は、能楽の実演に不可欠な、舞台で着用する装束【衣装】を製作する技術である。製作の中心は、先染めの糸や金銀糸で文様を織り出してゆく紋織【もんおり】の技法で織られた、綾【あや】、金襴【きんらん】、紗【しゃ】、緞子【どんす】などの絹織物であるが、麻を素材とする装束も一部含まれる。
能装束は、表【うわ】着【ぎ】類の唐織【からおり】、長絹【ちょうけん】、着付類の摺箔【すりはく】、熨斗目【のしめ】、袴類の大口【おおくち】、半切【はんぎり】など多数の種類から成る。装束は基本的に一点ずつ製作され、図案設計、糸染め、整経、織り、仕立てといった工程を経て完成するが、装束の種類によって形状のみならず、糸の太さや撚り、更には織りの組織も異なるので、製作には多種の装束に対応するための技術が必要となる。能のなかには、流儀で定められた文様(決まり文様)を用いねばならない曲もあるが、基本的には役柄や曲の季節、場所などを視覚的に表すのにふさわしい色や文様が考案され、現在に至っている。よって製作にあたっては、依頼者の意図に沿いつつも、舞台での着用を考慮する必要があり、能楽の実演に対する知識も求められる。
能装束は、長らく京都西陣が製作の中心となり、とりわけ江戸時代以降、能楽が幕府の式楽と定められたことで、全国の大名家からの受注が飛躍的に増加し、平金糸を織り込んだ豪奢な唐織も織られ始めるなど、技術的にも格段の向上をみせた。しかしながら幕藩体制が消滅した明治時代以降、能楽の実演家や愛好者は漸減し、需要低下に伴って現在能装束製作に専従する技術者は極めて少なくなっている。