けし 1
概要
「けしI」は大正三年に私輯『月映』第4号に発表された小さな木版画である。『月映』は、藤森静雄のほか、恩地孝四郎、田中恭吉という、いずれも二十歳そこそこの三人の木版画と詩から成る、いわば同人誌のような雑誌であった。
眼に映るものすべてが自分の内面に何らかの反響を呼び、また逆にほんの些細な感情の揺れでさえ外界の事物に投影される。『月映』からは、当事の彼らのこうした精神状況が痛ましいほどに伝わってくる。
誰しも一度くらいは陥る精神状態なのであろうが、彼らの場合、時代そのものの状況と彼ら自身の年齢がぴったりと重なってしまった感がある。
その内面を表出するに最もふさわしい手段として木版画を得ることで、当時無名の彼らの作品は、決して見過ごすことのできない重要性を日本近代美術史上に占めることになった。
茶碗に挿したけしという何気ないモティーフを扱ったこの作品も、やはり木版の荒々しい彫り跡のなせる業なのか、くろぐろとした二つのけしの実は、あたかも相い寄り添う2つの魂でもあるかのように、奇妙な生気を帯びてコップからすっくと立ち上がっている。同じ号には田中恭吉が、強烈な性的イメージを伴った真紅のけしをモティーフとする版画を載せている。 (土田真紀)