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神奈川県・横須賀市

国指定文化財(登録有形文化財(建造物))西﨑家住宅(船越町洋館付き住宅)主屋神奈川県横須賀市船越町三丁目31-5他

西﨑家住宅(船越町洋館付き住宅)主屋

長浦湾を見下ろす丘陵に南面する元御用商人の住宅。東半を洋館、西半を和館とし、正面中央に入母屋造の玄関を突出する。洋館はスティックスタイルとし、屋根は半切妻とする。和館は続き座敷を配し、南西に縁を巡らす。高台にあって地域の景観を形成する住宅。

国指定文化財(登録有形文化財(建造物))髙橋家住宅主屋神奈川県横須賀市本町二丁目10

髙橋家住宅主屋

どぶ板通り南の丘陵に西面する米穀商の住宅。道に面して入母屋造の玄関を付す和館の北に、切妻造妻入フランス瓦葺の洋館を接続する。内部はL字形平面で玄関から東へ片廊下を延ばし、北に座敷など和室三室を並べる。和洋の意匠を並置し横須賀の歴史を物語る。

国指定文化財(史跡名勝天然記念物)東京湾要塞跡
 猿島砲台跡
 千代ヶ崎砲台跡
神奈川県横須賀市

東京湾要塞跡<BR/> 猿島砲台跡<BR/> 千代ヶ崎砲台跡

東京湾要塞跡は,明治時代,首都東京と横須賀軍港等を防衛するため,東京湾岸一帯に築かれた陸軍要塞の遺跡である。このうち猿島砲台跡は,横須賀市の横須賀新港沖合い1.7kmの猿島に所在する。明治14年(1881)11月起工,同17年6月竣工した,要塞最初期の砲台である。島内には,砲座,砲側(ほうそく)弾薬庫,棲息掩蔽部(せいそくえんぺいぶ)等の砲台施設,砲台間を連絡する煉瓦造隧道(れんがぞうずいどう),隧道内の二層構造の弾薬元庫,電気灯機関舎(木造小屋組(もくぞうこやぐみ),煉瓦造(れんがぞう)平屋建て),送電施設,布積(ぬのづみ)の海岸護岸等の施設が良好に残る。また,千代ヶ崎砲台跡は,同市東端部,浦賀湾口の南岸の丘陵上に位置する。明治25年(1892)起工,同28年に竣工した砲台である。南北の直線上に1砲座(ほうざ)2砲床(ほうしょう)の3砲座が配置され,砲座は西側に平行して存在する塁道(るいどう)と地下交通路で連絡し,塁道―砲座間の地下には砲側弾薬庫,掩蔽部(えんぺいぶ),貯水所などの地下施設が付帯する。このように,猿島・千代ヶ崎両砲台跡は,明治時代,東京湾防衛のため西洋の築城技術を導入して築城された東京湾要塞を構成する砲台跡である。築造当初の姿を良好にとどめ,我が国近代の軍事,築城技術の具体的様相を理解するうえで重要である。

国指定文化財(史跡名勝天然記念物)夏島貝塚横須賀市夏島

夏島貝塚

 夏島は三浦半島の東京湾に面した海岸寄りに所在する。かつては孤島であったが、旧日本軍の基地となって以来、埋め立てが行なわれ、現在は陸続きになっている。貝塚は島の南部と東斜面の3か所に存在する。昭和25年、30年の2回にわたり発掘調査が実施され、日本最古の貝塚の一つであることが確認された。
 貝塚は関東ローム層上に堆積し、繩文時代早期の遺物が層位的に検出され、とくに下層から出土した土器の一群には夏島式土器の名称がつけられ、その標準遺跡となった。貝層下のローム層上面から炉跡が発見され、遺物散布地も認められるので、住居跡の存在することが想定される。
 また、下部貝層の貝類、木炭片による放射性炭素(C14)の年代測定の結果、カキの貝殻は9450年±400年、木炭は9240年±500年以前という数値が計測され、学会で有名になった。本島は当時の生活環境をよく保存しているので、島全域を指定するものである。