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秋田県・湯沢市

国指定文化財(登録有形文化財(建造物))四同舎(旧湯沢酒造会館)秋田県湯沢市前森一丁目11-1他

四同舎(旧湯沢酒造会館)

市中心部に建つ集会施設。鉄筋コンクリート造二階建。白井晟一の設計で、鋼板張黒塗の柱と白タイル張の壁の対比、積雪対策のための独特な形状の軒が外観を特徴づける。ホールは大判硝子を用いて充分な自然光を取込み、花崗岩製の回り階段が存在感を示す。

国指定文化財(登録有形文化財(建造物))顧空庵秋田県湯沢市湯ノ原一丁目275-1他

顧空庵

市街地東部にある白井晟一設計の住宅。軒が深く緩い切妻屋根の平屋建で、焦茶の柱と漆喰壁が特徴的。東に玄関や台所等、西に四畳半の小上がり付の一室を配し、低い天井に大きな開口を組合わせ、ゆったりした空間をつくる。白井の和風建築の特徴を示す小住宅。

国指定文化財(史跡名勝天然記念物)岩井堂洞窟湯沢市上院内

岩井堂洞窟

 岩井堂洞窟は、秋田県と山形県の県境、雄物川の最上流に合流する雄勝川右岸に所在する縄文時代の洞窟遺跡である。約80メートルに及ぶ凝灰岩の露頭に、大小4か所の洞窟(第1洞〜第4洞)が並んでおり、いずれも縄文時代に住居として利用され、各洞窟内及び前庭部に遺物の包含層が形成されている。
 明治33年ごろ、既に第2洞窟から土器及び石器の出土が知られていたが、その後昭和38年から45年まで8次にわたって雄勝町教育委員会、昭和51年には秋田県教育委員会が発掘調査を実施している。
 第1洞窟は、稲荷社を祀るに際して削平・土盛りがなされており、往時の状態をほとんどとどめず、縄文時代後期、晩期の遺物が少量出土する。洞窟の規模も小さく、前庭部も狭いので、元来利用の程度は低かったものと考えられる。第2洞は、深さ約1.2メートルにわたって7層の堆積層があり、縄文時代早期末の縄文尖底土器の一群から前期の各様式、後期中葉、晩期の縄文式土器、続縄文土器、弥生土器、[[土師]はじ]器が層位的に出土している。第3洞は、洞窟内部は浅いが、前庭部には厚い堆積層があり、約3メートルまで発掘されている。第3層までに、土師器から弥生土器、縄文時代晩期を経て後期までの遺物の存在が確認されているが、第4層の落盤層は遺物がなく、第4洞の堆積層と比較すると、縄文時代前期以前の文化層は更に下層に存在しているものと推定される。第4洞は岩井堂洞窟の中で最も遺物出土量も多く、最も主要な洞窟と考えられるものである。洞窟の奥行は浅いが、間口は約4メートル、前庭部は少なくとも前方約20メートルにわたって平坦面が続いている。昭和51年までの調査では、深さ約8メートル、第1層から第14層まで確認されており、そのうち、第2、第3、第5、第7、第9、第11、第13層が遺物包含層である。第5層以下は縄文時代早期に属し、特に第11、第13層からまとまって出土した押型文土器は、これまで東北地方ではほとんど不明であったものであり、学術上重要な資料となるものである。

国指定文化財(史跡名勝天然記念物)鮞(ジ)状珪石および噴泉塔湯沢市

鮞(ジ)状珪石および噴泉塔

硅華ハ主トシテ山居澤ノ右岸ニ沿ヒ延長約三百米幅百米ノ間ニ露出シ厚サ三米以上アリテ山毛欅栗等ノ印痕ヲ有スルモノアリ鮞状ヲ呈スルモノハ即チ鮞状硅石ニシテ本邦ニ於テ既知ノ産地甚少シトス
硅華ハ鮞状硅石ト共ニ噴泉塔ヲ形成シ既知ノモノ六アリテ傾斜甚緩ナル円錐形ヲ成シ中央ニ略円形又ハ楕円形ノ噴孔ヲ有シ其ノ最大ナルハ長徑二十米短徑十米最小ナルハ三米トス