刺繍釈迦如来説法図
ししゅうしゃかにょらいせっぽうず
概要
奈良・中宮寺の天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)とともに、わが国上代刺繍の双壁をなす。奈良時代の寺院の縁起類が伝えるように、この時代には高さ2丈や3丈の繍仏の大作が作られ堂宇に奉懸されたが、本品は往時を知る貴重な遺品である。図様は宝樹・天蓋の下に獅子座に倚坐(いざ)した赤衣偏袒右肩(へんたんうけん)の説法相の釈迦如来を中心に、上部に鳳凰にのる六仙人や雲上の十二奏楽天人を左右対称に配し、中辺から下部にかけて十四菩薩、十比丘(びく)、十二供養者が囲繞する。下部中央のガラス器に浮かした供養花を捧げる貴女を吉祥天にあてる説もある。下地は厚手の平絹を用い、繍法は紅・緑・紫・黄・藍などのそれぞれ濃淡色、黄土、白など十数色の撚り糸を用いて、相良繍(さがらぬい)(糸に結び玉を作る法)と鎖繍(くさりぬい)(1本の針に2本の糸を通し、第1刺の糸の間に第2刺を入れて鎖状に縫い進む法)の二法が用いられている。相良繍は螺髪(らほつ)、獅子座框(かまち)や後屏の宝飾文様、菩薩・天人の宝冠、装身具、宝瓶などに用いられ、そのほかは鎖繍とする。図様と配色は複雑の妙をきわめ、図様の粗密、量感、質感など筆意の違いに応じて繍糸の太さを変え、また暈繝(うんげん)をまじえつつ多くの色糸を使いこなす技術と感覚は高く洗練されている。もと、京都・勧修寺(かじゅうじ)に伝えられ、世に「勧修寺繍帳」の名でも呼ばれる。
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, pp.283-284, no.26.