裸婦(ほお杖の人)

油彩画 

萬鉄五郎 (1885-1927)
ヨロズ、テツゴロウ
大正15年/1926
油彩・キャンバス・額・1面
117.0×80.0
左上に署名、年記
4回春陽会展 東京府美術館 1926

万鉄五郎 裸婦 大正13年 油彩・キャンバス
ll6.0x79.0
Tetsugoro Yorozu, Nude 1924

西欧近代絵画の諸様式を解釈し、摂取することにかけて、万ほど鋭敏な理解力をもっていた画家は少ない。明治の末から大正時代にかけて、僅かな画集の、それも粗悪な色刷りを通じてしか知ることの出来なかったフォーヴィスムやキュービスムの精神を、彼は時代にさきがけていち早く摂取し、かなり的確に咀嚼している。東京美術学校の卒業制作として彼が描いた「裸体美人」(明44)は、現在の批判として多少の難点はまぬかれないにしても、ゴーガンあるいはフォーヴィスムの真髄をかなり正しく把えているし、大正6年の二科会展に出品した「もたれて立つ人」は、キュービスムの構成方法を大胆にとり入れた日本最初の作例として特筆されなければならない。丸髷の裸婦をかいたこの絵は、そうしたキュービスムの解釈から出発した作品の一つで、細部を省略した造形手法のうちに、画面上の構成や力動感に対する作者の関心をはっきりと感じることができよう。万は岩手県に生まれ、明治33年に上京、東京美術学校に学んで明冶45年に卒業した。この頃から彼は西欧の新様式を研究するためアブサント会やフュウザン会に加わってフォーヴィスム風の作品をかき、また大正6年には二科展にキュービスム風の作品を出すなど先駆的な活動を示した。しかし春陽会に招かれて客員となった大正ll年頃から、日本画、とくに南画に輿味をもつようになり、自由感の強い油絵を発表するかたわら、日本画もかいて伝統要素への回帰を示した。

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