登呂遺跡
とろいせき
概要
静岡市の南郊に存する広大な低濕地域に弥生式土器を伴う竪穴住居跡その他の建築遺構及び畦畔遺構が遺存している。昭和18年に発見され調査されたがその後、昭和22年より昭和25年まで4年間、継続して調査が行われた。その結果竪穴式住居の跡は通じて隅丸の方形をなし、炉跡、礎板を伴う柱跡のほかに板羽目、外柵も残存し、この時代の住居跡として典型的な形式を見ていることが明かにされた。又畦畔遺構はほぼ聚落跡の南方の地域に存するもので各所に杭や矢板の痕跡が残存している。
地域内から弥生式土器、各種木製品、各種石器等が発見された。
この遺跡は広汎な地域にまたがって多数の住居跡と畦畔遺構とを包含しており木製品等に重要な資料も少くなく、わが国古代におけるこの種の遺跡として価値の深いものである。
静岡市の南郊に存する広大な低濕地域に弥生式土器の伴う竪穴住居跡その他の建築遺構及び畦畔遺構が遺存している。昭和18年に発見され調査されたがその後昭和22年より昭和25年まで4年間、継続して調査が行われた。その結果竪穴式住居の跡は通じて隅丸の方形をなし、炉跡、礎板を伴う柱跡のほかに板羽目、外柵も残存し、この時代の住居跡として典型的な形式を見ていることが明かにされた。又畦畔遺構はほぼ聚落跡の南方の地域に存するもので各所に杭や矢板の痕跡が残存している。地域内から弥生式土器、各種木製品、各種石器等が発見された。
この遺跡は広汎な地域にまたがって多数の住居跡と畦畔遺構とを包含しており木製品等に重要な資料も少くなく、わが国古代におけるこの種の遺跡として価値の深いものである。