毛馬内の盆踊 けまないのぼんおどり

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無形民俗文化財 / 東北 

選択年月日:19781208
保護団体名:毛馬内盆踊保存会
備考:所在地が同一都道府県内のもの(このデータは種別1から移行しています)
記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財

 秋田県鹿角市の毛馬内地区に伝承されている盆踊で、毎年八月二十一日から二十三日にかけて、地区内の本町通りを舞台に踊られている。
 その起源は定かではないが、文化・文政年間(一八〇四-三〇年)に成立したと考えられる菅江真澄【すがえますみ】の『鄙廼一曲【ひなのひとふし】』に「盆踊大【だい】の坂【さか】ふし」の記事があることから、少なくとも江戸中期からは行われていたことが確認できる。その後、日中戦争から第二次世界大戦にかけて一時中断するが、戦後復活し、現在に至っている。
 盆踊当日は、通りの中央数か所に篝火【かがりび】が焚かれ、揃いの半纏【はんてん】姿の地区内の若者たちによる「呼び太鼓」の音により、踊り子が篝火を囲んで内向きに細長い輪を作る。踊りは、祖先供養の意味をもつといわれる「大の坂踊り」と、より娯楽的な「甚句【じんく】踊り」の二つがあり、最初に太鼓と笛の囃子が付く「大の坂踊り」が、続いて歌のみによる「甚句踊り」が踊られるのが恒例である。なお、現在はこれらの後に、「鹿角じょんがら」と称してじょんがら節を余興として踊り、その日の盆踊を締めくくっている。おそらく、祖先供養の踊りである「大の坂踊り」に、より娯楽的な「甚句踊り」が加わり現在の構成になったものと考えられる。
 地元で仏の手向けのための踊りであると言い伝えられている「大の坂踊り」には、かつて歌もあったが、近代になってしだいに歌われなくなり、第二次世界大戦以後は太鼓と笛のみで踊るという現在の形式になった。直径約一メートル、長さ約二メートルに及ぶ大太鼓を先頭にして、子どもたちの踊りが続き、…

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