「砺波郡御巡見御道筋手絵図」 となみごおりごじゅんけんおみちすじてえず

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絵図・地図 / 江戸 / 富山県 

富山県
安政3年/1856
紙・巻子(元は折本)・墨画、淡彩
〔本紙〕縦11.1㎝×横352.1㎝ 〔全体〕11.1×371.0 〔軸長〕12.7
1
富山県高岡市
高岡市(高岡市立博物館保管)

 高岡より南へ戸出、杉木新町(砺波市)、福野町、井波、城端、福光を経て加賀国河北郡境に至る街道を描いた絵図である。「手絵図」とあるように、小型で小さく携帯に適している。
 元は折本であったものを巻子装に仕立て直されたとみられる。
 元の表紙には「安政三丙辰年」「砺波郡/御巡見 御街道手絵図」とあり、朱文瓦形印「野村寛/蔵書印」が捺される。次の頁にも同様の蔵書印が捺される。表題は「城端筋・御巡見 御道筋手絵図」とある。次の「凡例」は17種(御道筋町建・同村建・御通行道・脇道・川筋・橋・山・城跡塁跡館跡・御高札・捨馬御高札・御蔵所・神社・寺庵・御泊所・御中休所・御小休所・御腰掛所)ある。
 次頁は「御本道・御廻道 方位大略里数附」として、高岡から金沢への二つのルート(本絵図の南ルートと北陸街道)が大よその方位と、本絵図のルートは里数(距離)が朱で書かれている。
 また、注目すべきは、本絵図のルート上に「御泊所」「御小休所」「御腰掛所」の記号が記されている点である。列記すると、高岡に御泊所、木津に御腰掛所、戸出に御小休所、井波に御小休所、城端に御泊所、小又峠(福光から加賀への「二俣越※1(二俣間道)」)に御腰掛所、小又村に御小休所の記号が記される。非常に具体的であり、誰か貴人の巡見の道筋を示すものと思われる。巡見といえば巡見上使(※2)が連想されるが、最後の巡見上使は天保9年(1838)なので違うであろう。当時の加賀藩主は前田斉泰(なりやす)(※3)であるが、『加賀藩史料』を一覧したが安政3年前後にはそれらしき記事は無い。今後の調査を要する。
 次頁から絵図が始まる。高岡から2つのルートがある。上(西)はやや太い朱線で凡例の「御通行道」、即ち巡見(上)使道である(「戸出道」ともいう)。鴨嶋村から字上佐野、市野瀬村を経由し戸出村に至る。もう一つのルートは、やや細い朱線で「脇道」である(井波道ともいう)。瑞龍寺を過ぎ(「御鷹野道」とある)下黒田村、二塚村、春日吉江村を経て、中田道に突き当たり、大清水村で右折(西)して戸出村に至る。戸出村からは南へ進み、光明寺、行兼村までが現高岡市域である。
それ以降は杉木新町、福野町、井波町、井口村、城端、福光村から、「二俣越(二俣間道)」を経て加賀国に至る。福野町から井波町までと、城端から福光村までは脇道が描かれる。
 最後の頁には、「戸出ゟ(より)金沢迄直道、九里十九丁(町)程」(約38km)などの各
町間の里程が列記されている。
 所々にシミがみられる。


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《注》
※1【二俣越】ふたまたごえ
江戸時代,砺波郡福光村から小又・坂本村(現南砺市福光地区)を経て加賀金沢に至る間道。生糸・八講布(はっこうぬの)などの産物が盛んに金沢へ運ばれた。知行米(ちぎょうまい)・作徳米(さくとくまい)も百姓馬で金沢へ運び,たびたび北陸街道の宿場との間で争論を起こす。⇔小原越〈保科斉彦〉
(「富山大百科事典[電子版]」平成29年6月16日アクセス)

※2【巡見上使】じゅんけんじょうし
 将軍代替わりなどに江戸幕府が大名監察のため全国に派遣した幕吏。1633年(寛永10)全国を6地域に分けて3人1組からなる上使を派遣したのが最初。その後将軍の代替りごとに行う形が定着。越中に派遣されたのは33年・58年(万治1)・60・67年(寛文7)・81年(天和1)・1710年(宝永7)・17年(享保2)・46年(延享3)・55年(宝暦5)・61年・89年(寛政1)・1838年(天保9)。万治1年と宝暦5年の場合は,新加賀藩主幼年の襲封(家督相続)に際し藩政監察を目的とした。加越能3カ国の巡見期間は通常2カ月。宝暦5年の場合は5カ月を要した。廻国の通行路を巡見上使道または御上使往来と称した。〈保科斉彦〉
(「富山大百科事典[電子版]」平成29年6月16日アクセス)

※3【前田斉泰の巡見】まえだなりやすのじゅんけん
 斉泰は幕末の異国船来航以来、海防巡見に熱心で、嘉永5年(1852)の参勤交代の帰路、越中の海岸を巡見して、4月4日に高岡で一泊、翌日瑞龍寺に参詣してから(本絵図のルートと異なり)二上山に登山してから、佐賀野村で中休みを取り今石動で宿泊し、翌日に金沢に帰っている(高岡徹『富山県高岡市 守山城跡範囲確認調査概報Ⅰ』高岡市教委、平成19年/『同Ⅱ』平成21年)。
また翌同6年(1853)4月には能登の海岸を一周する海防巡見を行っている。

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