支那婦人

その他 

山本鼎 (1882-1946)
ヤマモト、カナエ
大正6年/1917
木版(多色)・紙・1
30.1×24.6
左下に署名(刷)
[1回日本創作版画協会展] 1919

95
山本 鼎(1882−1946)
YAMAMOTO,Kanae

支那の婦人
Chinese Woman
大正6年(1917)
東京国立近代美術館蔵


96
山本 鼎(1882−1946)
YAMAMOTO,Kanae

プルトンヌ
Breton Woman
大正9年(1920)
東京国立近代美術館蔵(山口貴久男・美恵夫妻寄贈)


幼い頃から西洋式の木口木版を学んだ山本鼎は,石井相亭や森田恒友らと1907年に美術・文芸雑誌『方寸』を創刊し,自作の版画を掲載して創作版画運動を提唱した。その後も1918年の日本創作版画協会や,1931年の日本版画協会の結成の立て役者となり,日本近代版画の確立と普及に尽力した。山本は1912−16年にパリに遊学してエッチングを学んだが,その途上に香港に立ち寄った。5色刷の板目木版画≪支那の婦人≫は香港でのスケッチをもとに後に制作された。主版の刻線で色面を区切らない「無駄彫り」の技法を用いて,見下ろす街路を背景に,窓辺に横顔の中国婦人を大きく描き,異国情緒あふれる作品である。またフランス滞在中の1913年の夏には小杉末醒とともにフランスの田舎の風情が色濃く残るブルターニュ地方を訪れた。プルトンヌとはブルターニュ地方の女性のことで,ナビ派などにおいて特にその民族衣装が絵のモティーフとして好まれていたが,7色刷の板目木版画≪ブルトンヌ≫において,山本はスケッチにあった背景を単純化し,田舎びたつつましやかな若いブルターニュの女性を,大きくモニュメンタルに描いている。


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