華厳経 巻第七十
けごんきょう かんだい70
概要
奈良時代に多数の金字経が存在したことは正倉院文書などから知られるが、金字経の多くは紫紙に書写されていたようで、『金光明最勝王経』やこの『華厳経』のほか、『法華経』、『観無量寿経』、『弥勒経』などの例を記録に見ることができる。ただし、紫紙に銀墨で書写した例や、紺紙に金泥で書写した例もあるので、紫紙と金字が常にセットになっていたわけではない。しかし、平安時代にはおびただしい数の紺紙金字経が制作された反面、紫紙金字経がほとんど制作されなかったことを思えば、紫紙金字経は奈良時代に特徴的な装飾経であった。
本巻は、紫紙に銀泥できわめて細い界線を施し、金泥で経文を書写している。この『華厳経』は八十巻本である。表紙・軸付紙・軸ともに原装のままで、表紙と第一紙の継目裏には「東大寺印」が捺されている。軸付紙の紙背には写経生による墨書が残り、奈良時代中期の官立写経所で書写されたものと考えられる。
なお巻第六十一は大東急記念文庫、巻第六十二は藤田美術館、巻第六十三は国立歴史民俗博物館、巻第六十四は五島美術館、巻第六十五は個人が所蔵しており、いずれも重要文化財に指定されている。
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.301, no.106.