短刀 銘 安吉
たんとう めい やすよし
概要
安吉は、筑前国を代表する刀工である左(左文字)の子と言われ、のちに長州へ移住したとされる。左と比べて身幅がやや広く大振りで、浅く反りつき重ねが薄く、総じて匂出来で突き上げて深く返る帽子などに同工の典型的な作風があらわれ、本品でもそうした特色が遺憾なく発揮されている。一方、安吉の作には棒樋や護摩箸などの刀身彫刻はしばしばみられるものの、本品のような具象的な彫刻をあらわす作例は、刀樋の中に三鈷柄剣を刻む正平十二年銘短刀(愛知・犬山城白帝文庫所蔵)と本品しかない。安吉のみならず左文字一派全体をみてもこうした仏教関連の彫物を有する作例は極めて希少であり、本品の大きな見どころとなっている。極めて特徴的な彫物を伴う本品については早くから注目されていたらしく、埋忠家に来た刀の絵図である『埋忠銘鑑』の第138葉に収載されている。また、同絵図には「寿斎かなぐ仕り候」との添書があり、本品に付属する金無垢二重台付桐紋透鎺が、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて活躍した金工師の埋忠寿斎の手によることが明らかである。数ある安吉の作品のなかでも、本品は見どころの多い作である。
<望月規史執筆, 2024>