エロシェンコ氏の像
概要
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エロシェンコ氏の像
Portrait of Vasilii Yaroschenko
1920年
油彩・麻布 45.5×47.2㎝
重要文化財
モデルは一時新宿中村屋に身を寄せていたエスペランティストで詩人の盲目のロシア青年である。彝の友人鶴田吾郎がたまたま目白駅で一人立っているエロシェンコを見かけてモデルを頼み、当時借家住まいで画室のなかった鶴田が彝にこの話をすると、彼も描きたいというので、9月6日から彝の画室で二人並んで描きだした。8日間午後いっぱい描き続け、もう1日やりたいという彝を鶴田はとどめて筆をおかせたが、その晩から彝はひどい発熱と下痢に見舞われ再び病床についた。
彝は、この絵では色数をごく少なく限り、薄く溶いた絵具を含んだ絵筆を柔らかく使って、モデルを的確に写すと同時に画面に穏やかなしかし生気ある韻律を与えている。彝の優れた肖像画家としての眼は、モデルのどこかかたくなな性格を見逃してはいないが、しかし快癒の望めない宿痾(しゅくあ)に苦しんでいた彼は、漂泊の孤独な境涯の詩人に自己の感情を深く投影させており、人をしてまるで彼自身の画像を見るかのような思いにさせる。近代の日本の肖像画の傑作である。