春の自転車
概要
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谷中安規(1897−1946)
TANINAKA,Yasunori
「版画集」より 5 冥想氏
Mr. Meditation, No.5 in“Print Works”
昭和8年(1933)
東京国立近代美術館蔵
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谷中安規(1897−1946)
TANINAKA,Yasunori
春の自転車
Riding Bicycle in Spring
昭和12−14年頃(c.1937−39)
東京国立近代美術館蔵
夢見がちな文学青年であった谷中安規は,永瀬義郎に影響を受けて版画家となったが,放浪生活のなかで培われた妄想と流行の造型様式をまとめて,独自の奇想天外で幻想的な物語世界を開いた。大正末年頃は妄想の世界を密室快楽的に描いていたが,1930年代前半になると,白と黒に純化された切り絵の効果をもった童話風の夢想的雰囲気となり,40年代になると太い線彫り中心の装飾的で様式的な画面となって,子供,女性,動物,花々が素朴に讃えられるようになった。
≪瞑想氏≫には星月夜の天体観測所の望遠鏡の下に腕を組んでたたずむ男が描かれ,飛行機や汽車らしきものも描かれて,モダンなデザインによる,楽しげな夢の世界か未来都市のような光景だが,壁に落ちる男の影や,室内の一つ目の昆虫か怪物らしき存在によって,薄気味悪く不吉な雰囲気を醸して,機械文明と人間意識の齟齬が暗示されている。≪春の自転車≫はパステル調の色彩が施された,後期の谷中らしい多色の装飾的な木版画である。のどかで華やいだ春の道を走る自転車の散歩。花や蝶が画面に大きく装飾的に配され,どこか非現実的な夢の世界に遊ぷ風情である。