杉野原の御田舞
すぎのはらのおんだまい
概要
和歌山県の東端有田川上流の山村に伝承されている杉野原の御田舞は田遊【たあそ】び(一年間の農作業の過程を歌や踊りで模擬的に演じ、その年の農作物の豊作を祈願する予祝行事としての芸能)で、近畿地方に伝承されているものを代表するひとつであり、芸能史的にも貴重なものである。
この御田舞の当日の午後、出演者一同は地区の代表者を先頭にして太鼓打ち、舅役【しゆうとやく】、聟【むこ】(婿)役【やく】、田刈役【たかりやく】、牛役【うしやく】、田植子【たうえこ】、座唄役【ざうたやく】などの順で行列を組み、氏神河津【かわず】神社に参拝し、そこで「春鍬【はるくわ】」(太鼓に合わせて鍬を打ち振る所作をする)を奉納して五穀豊穣を祈願し、続いて阿弥陀堂までお渡りして御田舞を奉納する。御田舞に先き立ち、褌裸姿の成壮年男子が阿弥陀堂の外陣でサイト(いろりに似た火鉢)のまわりで円陣を組みながら謡囃子【うたいばやし】に合わせて「裸苗押【はだかないお】し」と称する押合いをする。一方、内陣が舞殿となり御田舞の次第が始まる。初めに「かいなんだし」の曲(舅、聟、田刈の各役が腰に鎌を差し、鍬を左肩に担ぎ太鼓、歌に合わせて所作する)があり、以後、田の作業を模した次第が次々と演じられる。鍬を持って田を耕す「四方鍬【しほうぐわ】」、農作業に必要な牛を呼び出す「牛呼【うしよ】び」、「種蒔」、「田植」、「田刈」、「籾【もみ】すり」ほかの演目が数時間にわたり演じられる(台本には二十五番まであるが現在ではそのうち三分の二ほどしか演じられていない)。この御田舞は、舅役、聟役が主体となり演じられ、それに田刈役、牛役、田植子役が加わり、台詞のやりとりや歌に合わせて模擬的な動作を演じたり、また、踊ったりするものである。
この御田舞は、高野山を源流とする有田川沿いの山麓地方にかつては、広く分布していた舅役と聟役を中心として狂言風に演じる田遊びの芸態をよく伝承している。また、この舞台の阿弥陀堂は十六世紀初めに建立されたと寺方書上帖に記録されているなど由緒あるものである。
この杉野原の御田舞は、寺のお堂で演じられる春オコナイ(修正会)としての風格を残すとともに、演目中に「堂徒【どうとう】ボシ」があるように、かつては、この行事の際に、三歳児の村入儀式としての堂徒式も併せて実施されていたなど地域的特色を示す田遊び行事として重要である。