大般若経 巻第二百六十七(神亀五年長屋王願経) だんはんにゃきょう

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 / 奈良 / 日本 

日本
奈良時代/728
紙本墨書
縦25.8㎝ 長857.2㎝
一巻
東京都港区南青山6-5-13
根津美術館
重要文化財

和銅間から天平初年の間までに、長屋王発願により二種の『大般若経』が書写されていることが知られ、最初の「和同経」に対し、2度目は神亀5年(728)の発願であることから「神亀経」の名をもって呼ばれる。長屋王(当時正二位大臣)が父高市皇子と母御名部内親王(天智天皇皇女)の冥福を祈り、あわせて聖武天皇以下代々の天皇奉為を願って書写したもので、奥書願文にこれをうかがうことができる。料紙はおそらく舶載された長麻紙を用い、各紙の長さは通常の料紙の3ないし4紙分に相当する176㎝に及ぶ。この種の長麻紙は他に類例がなく、わずか5紙を継いで1巻分を書写し終えている。「和銅経」と同じく界線を施さないが、奈良時代の写経中、無界の遺例は長屋王発願のこれら2種の『大般若経』に限られる。奥書から本巻の書写にあたったのが帰化人張上福なるものであったことが知られるほか、初校者・再校者が名を列ね、さらに装潢1人、検校2人、検校僧2人もその名を掲げることから、この時期ようやく写経の組織が整備されつつあったことをうかがわせる。長屋はこの写経の翌年2月に讒言による、いわゆる「長屋王の変」によって妃吉備内親王とともに自刃している。

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