造仏所作物帳断簡 (紙背)常本充紙帳断簡 ぞうぶつしょさくもつちょうだんかん(しはい)じょうほんじゅうしちょうだんかん

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 / 奈良県 

奈良時代 8世紀/天平6(紙背 天平15) 734, 743
紙本 墨書 楮紙 墨界 掛幅 (紙背)紙本 墨書 無界
縦27.9 長52.1 2紙 (紙背)縦27.9 長52.1 2紙
1幅
正倉院(奈良)伝来、蜂須賀家旧蔵

 「造仏所作物帳」は、天平5年(733)から6年にかけて、光明皇后の発願により建立された興福寺西金堂の造営と造仏に関する報告書である。光明皇后の発願の願意は、天平5年(733)に亡くなった母橘三千代の供養のためであり、この造営事業は皇后宮職(光明皇后のための役所)の造仏所が担当した。この報告書は天平6年(734)5月1日付けで、上中下の3巻から成り、皇后宮職の役人であった小野朝臣牛養と内蔵忌寸老人から皇后宮職へ宛てて出されたものである。これは中巻の断簡にあたる。中巻はまず雑物120種を列記し、次に各種の作物を示して、それぞれの項に所要の材料とその数量をあげ、小計を記している。
 この断簡は正倉院から出たもので、蜂須賀家所蔵文書として長い一断簡をなしていたが、そののち切断されて現在に至っている。
 紙背は「常本充紙帳」の断簡である。「常本充紙帳」は、光明皇后が亡き父母のために発願した一切経、いわゆる「五月一日経」の継続事業として、天平15年(743)5月に皇后宮職の写経所で始められた疏の書写事業に際し、写経生に対して配給した料紙の数量を個人別に配給の月日を追って記した帳簿である。顔料による抹消部分が少なくなく、そのために生じた料紙の焼けが表側にも及んでいる。

奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.305, no.126.

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