Gogonzeku

重要文化財 五言絶句

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Gogonzeku

重要文化財 五言絶句

その他の美術 / / 江戸 / 日本

浦上玉堂 (1745-1820年)

うらがみぎょくどう

1818年(文政八)

紙本,墨書

37.9 x 22.2cm

 岡山池田の藩士の家に生まれた玉堂は、藩主の政治の理想を継承しつつ、大目付の地位に就くが、文人的生活に耽るあまりその地位を罷免され、その後一切の官職を退いた。五十歳の時二人の息子を連れて出奔し、旅先から脱藩を届け出、以後自由人として各地を旅歴し、漂泊の人となった。脱藩後の漂泊の足跡は、九州から奥羽にまでおよんだ。彼の絵は文化年間より多く生み出されたようで、渇筆と擦筆が混じり合った独特の様式はこの頃完成したと思われる。 「同知心(必)登山趺坐浪談々/ □仰臥草根両眼見青天/ 白雲□半空中或者羨余/ 之閑適乎」「知心とともに(同知必ず)山に上る。趺坐してほしいままに談々。□んで草根に仰臥し、両眼青天を見る。--白雲は空中半ばを遮る。ある者は余の閑適を羨むだろうか」もともと同一紙面にかかれていたもので、本来は三段構成の書画であり、分割されて現状のそれぞれ独立した形式の掛幅四幅となった。この詩書は下段左側に書写されていたもので、山水図(深山渡橋図)は、詩書のとなり、下段右側に描かれていた。

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Keywords

絶句 / 玉堂 / Edo / ぜっく

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