梨郷晩春
概要
一軒の農家があって、垣根の前では鶏が二羽戯れている。その付近を牛車が通りかかっている。画面に描かれたものは何気ない一田舎の風景であり、当時とすれば、どこにでも見受けられる情景であったに違いない。
しかし、縦に長く左上がりに配置された横図など、独自の工夫を凝らした南画風の自由闊達な描写は、富田渓仙(一八七九 -- 一九三六年)独自の世界である。
九州博多に生まれた渓仙は、地元の狩野派の絵師に絵の手ほどきを受け、一八九六年京都に出て、翌年から都路華香に師事して、四条派の画風を学んだが、他の京都派の画家と違って、院展において活躍した。
渓仙は院展の新古典主義的な画風とも、京都派の清楚な画風とも異なる主観的気分の強い作風を確立している。 (森本孝)