修験宗金龍院史料
しゅげんしゅうこんりゅういんしりょう
概要
金龍院は、江戸時代に、恵那郡小泉村(明知町大泉)に所在した修験宗当山派の寺院であり、法印は薬師堂の別当を兼ねていた。創建年代は不明であるが、開山の林学法印の没年が天和3年(1683)と伝えられることから、17世紀と推定される。
明治5年(1872)の修験道廃止令により廃絶し、最後の法印である照海も翌年死去したが、伝来の遺産は熊田家に引き継がれ現在に至っている。
しゅげんしゅうこんりゅういんしりょう
金龍院は、江戸時代に、恵那郡小泉村(明知町大泉)に所在した修験宗当山派の寺院であり、法印は薬師堂の別当を兼ねていた。創建年代は不明であるが、開山の林学法印の没年が天和3年(1683)と伝えられることから、17世紀と推定される。
明治5年(1872)の修験道廃止令により廃絶し、最後の法印である照海も翌年死去したが、伝来の遺産は熊田家に引き継がれ現在に至っている。
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