高岡御車山文蒔絵パネル
たかおかみくるまやまもんまきえぱねる
概要
高岡で毎年5月1日に開催される御車山祭の山車が巡行する状景から、車輪部分のみを対象として、ほぼ対角線構図に配した大胆な絵柄である。金工の名品である車輪を描写するとともに地面に落ちる影も描写している。なお、車輪の図柄は、特定の山車のものではない。
類似した図柄の二曲屏風≪御車山文蒔絵パネル≫(高岡市美術館蔵)が第11回日展(1955)に無鑑査出品されており、流布した図像ではないかと推測される。故定塚武敏氏(元高岡市美術館・高岡市立博物館長)からの聞書きとして、第11回日展出品作の下図は日本画家によるという記録が高岡市美術館にある。本作では、日展出品作に比べ車輪の影の形が異なる。
※作者について
山崎立山は、高岡市定塚町に生まれ、本名 武雄。富山県工芸学校卒業後、上京して、漆芸を修業する。昭和20年(1945)に帰郷。高岡技術工芸義塾に勤務して業界を指導し、昭和26年(1951)、技術工芸義塾の後身である高岡市塗装技術指導所長。高岡市民功労者表彰。高岡市美術作家連盟委員長も務め、地域の美術工芸を牽引した。日展には昭和14年(1939)の第3回新文展初入選以降、ほぼ連続して、27回入選した。日展会員となり審査員も務めた。精緻な技巧、白や色漆の使用に特色があり、写実を基本にデザイン性を加味した作風である。
<主要参考文献>
高岡市立美術館「山崎立山・関長造展」図録(1988)ほか