蔦細道蒔絵文台、蔦細道・角田川蒔絵硯箱
つたのほそみちまきえぶんだい つたのほそみちすみだがわまきえすずりばこ
概要
懐紙(かいし)や短冊(たんざく)などの紙をのせる台と、硯や筆などの筆記具を入れるための箱のセットです。全体は木製で、黒漆を塗り、金粉や銀粉を蒔き付ける蒔絵の技法でデザインが描かれています。山や土坡(どは)は粉(ふん)を密に蒔き付け、蔦(つた)や楓(かえで)の葉は少し厚みをもたせた高蒔絵であらわされています。笈(おい)や鳥は銀製の金具を貼り付けたものです。文台のいたるところに打たれた金具も銀製で、精緻な彫刻が施されています。洗練された緻密な蒔絵や豪華な金具が、時代の特色をよく示しています。文台の裏と硯の下に蒔絵で記された「田付長兵衛」は、江戸時代17世紀後半に活躍した蒔絵師です。
文台の表や硯箱の裏には、蔦や楓など秋の景色の中に置かれた笈が描かれています。笈は山の中で修行を行い神や仏を信仰する「修験道」(しゅげんどう)の修行者が背負うものです。笈の横に描かれている斧(おの)もやはり修験者(しゅげんじゃ)の持ち物です。笈の上には、両端を結んだ手紙が置かれています。こうしたモチーフが意味するものは何でしょうか。これらは、9世紀に活躍した貴族、在原業平(ありわらのなりひら)を主人公とする『伊勢物語』の中の一場面を象徴していると考えられます。恋多き男、在原業平は、京都から東に向かう旅の途中、静岡県にある宇津ノ谷峠(うつのやとうげ)にさしかかります。峠を越える道は、「蔦の細道」(つたのほそみち)として知られた古道でした。業平はここですれちがった修験者に、都に残してきた女に送る和歌を託します。硯箱の内側の鳥も、在原業平になじみ深い「都鳥」(みやこどり)を意図したものでしょう。『伊勢物語』のような文学作品は、古典文学として後の時代にも親しまれ、物語を主題とする絵画や工芸品がつくられました。ここでは人物を一切描かず、象徴的なモチーフで物語の場面を暗示しているのです。